いつまで何かのせいにしていじけているの?

スポンサーリンク

こんにちは、かめだです。

4月1日から新年度が始まっていますが、「入社式の翌日に退職」という話がちらほら出てきましたね。もっと出てくると思ったので少ないなーと思ってます。

どういう背景があってそういう選択をしたかわかりませんが、がんばってもらえたらと思います。

思考停止の反面教師

さて、だからというわけではないのですが、ちょっと煽りっぽいタイトルをつけてしまったのですが、今日の話でどうしても書きたいことがあったからです。

先日Twitter上でこのようなツイートがありました。

米村社長は元はブラック企業だった自社を完全洗浄して、今や超絶ホワイトな経営をされている社長です。

これは、そんな米村社長のツイートなのですが、要は「自分の人生なんだから自分で決めろ」ってことを言っている一連のリプの一節です。

何に対してこのように言っているのかというと、「氷河期世代という時代に成長機会はなかった。ブラック企業で働いている人にも自己責任を押し付けてくる」という主張に対してです。

何かのせいにしたくなる気持ちはわからないではないのですが、ぼくも米村社長に100%同意です。恐ろしく思考停止だと思いますね。


反面教師とはまさにこのこと。

「だからこそ」どうするのか

結局、何か外部のせいにしてしまったり、自分の置かれている状況を「仕方ない」と考えて惰性でいるというのは、「だからこそどうするか」という能動的な姿勢を失ってしまっているのだと思います。

・自分の会社はブラック企業だ、だからどうするか
・自分の生まれた時代は景気が悪い、だからどうするか

こう考えて、自分が取れる具体的なアクションを考えなかった。いや、考えたのかもしれない。でも、行動に移さなかった。いやまて行動に移したのかもしれない、でも変わるまで続けなかった。

ということが言えるのかなと。

変わるまでやってれば、何か変わってるでしょう。

同じことが能力でも言える

これ、能力の話でも同じことが言えて、「自分には今の課題を解決する能力がない、だからどうするか」と考えられれば、少なくとも何かは動くんですよね。

「そんなのきれいごとだ」というかもしれないのですが、残念ながら、自分の人生のケツをふけるのは自分だけじゃないですか。

ってことは、下手なりになんかしないと変わらないって、別に考えなくたってわかるじゃないですか。

そこに理由必要ないですよね。

まずその思考の癖を変える

色々と言えることはありますが、まずは、「だから」に「こそ」を加えて問いの形を変えてみてはどうでしょうか。

・氷河期世代で成長機会はない、だから成長できなかった

というのであれば、

・与えられた成長機会はない、だからこそ、自分で自分を成長させるためにはなにができるのか?

と。

これが「綺麗ごと」なのであれば、これ以上お伝えできることはなさそうです。

お勧めのマンガを紹介しよう

ちなみに、この思考については超絶お勧めのマンガがあるのでぜひ読んでみてほしいです。

アオアシというサッカーのマンガです。

とくに、この13巻がうってつけです。

自分が通用しない、という壁にぶつかってから、主人公がどう考え、どう行動するのかは必見です。

シェアをお願いします!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

ABOUTこの記事をかいた人

TCS認定コーチ 某コンサル会社に勤務する傍ら、思考を言語化することで、夢や目標の発見から達成までをコーチングを用いて支援している。 自身も鍛錬をするべく、プリズナートレーニングを実践中。 趣味はロードバイク。2児の父でもある。